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■近畿グランプリ 2001
主 催・近畿地域自転車競技連盟
主 管・京都府自転車競技連盟
協 力・自転車産業振興協会・シマノ
協 賛・シマノ
日 時・2001年6月9日(土)
会 場・グリンピア三木 兵庫県三木市細川町槇山
1周4.1km、高低差65mの周回コース を6周回
【チームタイムトライアルA】
天 候:晴
参加チーム:14
完走チーム:14
順 位: 2 位
タイム:49'24.72
平均速度: 29.87 km/h
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(番外編)
【小学生1-2年 の部】
2001.06.09/天候:晴 /3.5 km×1周/参加者:16/完走者:16
兵庫県三木市グリーンピア三木の左回りショートコース・高低差65m
第2位 中島 多々楽 6歳(タイム 9分09秒1)
6月9日 土曜。
数日前に梅雨入りしたとは思えない快晴に恵まれ、エバーウインレーシングチームは沢ノ町を一路グリンピア三木に向け出発した。
到着後、すぐに青々とした芝生の上にベースキャンプを張る。
時刻は10時。
子供チームの出走時間まで4時間以上、チームロード出走までは5時間半もあった。
子供達は芝生の上で楽しそうに遊んでいられるが、大人達は結構やることがない。
‥‥なぜそんな早くに出たのか。
「そんなんゴルフ行くおっさんらのせいで道が混むからはよいくで」というSさんの提案であった。
これでもはじめは7時に出発しようとしていたところを思い直してもらったと言うことを付け加えておこう。
グリンピアは半ば営業状態なので試走もできないため、大人達は悩んだあげくビールを一杯ずつ開けた(笑)
ここで今回のメンバーの紹介をしておかなければならない。
まずはチームリーダーのSさん。
つづいて最近強力な脚力を誇るE氏談さん。
先日の美山での雪辱を果たすべく三木にのりこんだあいうさん。
そして私であった。
私にとってロード3戦目。加えてチームは初めての経験である。
人から「チームはほんまにしんどい」とさんざん聞かされていたので多少の緊張は否めなかった。
今回、一行は美山での教訓を活かし、アップは十分にするつもりであった。
加えてSさんは数回に渡って、ホテル施設内で十分な軽量化も図っていた。(笑)
なにもかも万全であった。
「こんな落ち着いたレース前ってはじめてやわ」 Sさんがぽつりとつぶやいた。
12時すぎ。
一足早く、コースを試走してみることに。
グリンピアの中心にあたる場所に芝生が広がる丘がある。そこがレースのスタートとフィニッシュになる。
そこから1km程、だらだらとした上りが続く。
ピークを越えると約3km、くねくねと曲がりながら一気に60m下るワインディングロードが続く。
そして一気に30m程登って観衆の前をフィニッシュする。
なるほどこんなコースかなどと話しながら、何故か次第にペースがあがる。
結局4周も回ってしまった。
ちなみにレースは6周である。
4周目などは、下りでトップスピードを出してしまっていた。(笑)
リーダーのSさんは、はーはーと息を荒げながら、
「ほな、試走はそろそろこのへんにしとこか」と笑いながら言った。
しかし結果的にこの試走がエバーウインチームのレース結果を大きく左右するのである。
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2時30分 子供達のレースが始まった。
エバーウイン子供チームが出走するのは2時45分スタートの小学1、2年生のカテゴリーだ。
子供達は力走、上位入賞者が多数出る結果になった。
我が息子はなんと2位。

「さあこどもに恥ずかしくないよう、がんばらなあきませんな!」とSさん、E氏談さん。
いよいよスタートラインへ。
チームロードってどんなんだろう。
未だその全貌をつかめていない私は、緊張が高まる。
心拍数を見ると、なんと!130!
これはエバーウインチーム新記録ではないか? さすがにこれには笑った。
(ちなみにこれまでの出走前記録はT田氏の128らしい>笑)
それ程までに責任を感じていたということだろうか‥‥などと言い訳してみよう。
われわれは4番目、先頭より2分遅れの出走である。
こうして順番に出ていくのを見ていると、なんとなく落ち着いてきた。
号砲と共に「わーっ!」というスタートの方が落ち着かないなあ、などと考えていた。

いよいよわれわれのスタートだ。
掲示板の数字が1分30秒に近づく。
25、26、27、28、29‥‥1:30! スタート!
よし!ビンディングが上手くはまった!(笑)
「一気にいくで!」
Sさん、E氏談氏の勢いに、あいうさんと私が引っ張られる形で山道を上っていった。
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凄い加速だった。
Sさんを先頭に、グリンピアの山頂を目指してひた走る。
30秒前にスタートしたチームをはやばやとかわす。
あっという間にピークだ。
ここで先頭交代。
下りにめっぽう強いE氏談さんの出番だ。
速い!速すぎる!
くねくねとした複雑なカーブをものすごい勢いで曲がっていく。
先ほどの試走が功を奏したか、カーブのライン取りにとまどいはなかった。
後にSさんは語る。
「E氏さんの後輪、ずずずーって音を立ててすべっとったで」
ドリフト走行だ!
まるでサーキットの狼ではないか(笑)
ガツン!
突然後輪が何かに乗り上げた。
「しもた!」
シマノのレース用ホイルが逝ってしまいました〜(泣)
1周目にして、リアブレーキはゴッゴッ‥‥と奇妙な音を立るようになってしまった。
「レースの最後までもつかな?」
3キロ程の下りを猛然と下った後、コースはじわじわと上り出す。
この時点でアベレージスピードは40km/hあった。
そしていよいよ スタート/フィニッシュ地点のある丘への上り。
その時、私の前にいたあいうさんが遅れだした。
前のSさん、E氏談さんらは気づかずにペースを落とさない。
間が少しあいてしまった。
これはいかんとばかりに、ひとこぎしてあいうさんの前に入り、空いたスペースを埋める。
そしてそのままコーナーから急な上りにはいる。
一つ目のコーナーを曲がったところで後ろを確認。
いかん!あいうさんが徐々に離れだしている。
そしてスタート/フィニッシュ地点への最後のコーナー。
場内アナウンスが聞こえた。
「おおーっと、やってきたのはゼッケン4番、エバーウインチームです。
おーっと、早くも一人大きく遅れてますね〜。
最初に一人が思いきりひいて、ちぎれて後を託すというような作戦があるみたいですが、
そんな作戦、果たしてうまくいくんですかねえ〜」
「ちがうわ!作戦ちゃうわ!」
言い返したかったが、すでにその余裕は無かった。
「三人でいくで!」 リーダーが叫ぶ。
その瞬間、
もう後がない「第三の男」に自分がなってしまったことを理解した。
2周目。
ここからが地獄のチームロードの始まりでもあった。
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地獄だった。
一人で走るのとはあきらかに違っていた。
一人だとペースを調節できる。
しかしチームだとそうはいかない。
自分が遅れることが、すべてのメンバーに迷惑をかけることになるからだ。
2周、3周と周回を重ねていく。
2周目こそ先頭交代に加わってぐいぐい引っ張ったものの、3周目以降は前にすら出られなくなっていた。
毎回 スタート/フィニッシュ地点にくると聞こえるアナウンス。
「エバーウインチームです! いやー、なんですか、表情がかわりませんねー。余裕ですねー」
しんどいねんて!表情かたまってんねん!
もう何周目にはいったのかはっきり分からなくなっていた。
きつい上りには、「す、すいません。少し待って」と懇願することもしばしば。
意識は次第に朦朧となりつつあった。
なんとか集中せねば、なんとか‥‥
どこかを見つめよう。
その時、私の目にE氏談さんのエアロスーツの臀部が飛び込んできた。
彼のスーツの臀部、パッドの継ぎ目に直径5ミリほどの穴が開いていた。
私はその穴がはっきり見える位置で自分をキープしようと心がけた。
「穴、穴、穴。E氏談さんのけつの穴」
心の中でつぶやきながらペダルを踏んだのだった。
先頭交代。 今度はSさんが前に来た。
Sさんのスーツにも臀部につくろった跡があった。
「みんなエアロスーツぼろぼろやん」
うすれゆく意識の中でそう思った。
そして、もう何度目だろうか。 スタート/フィニッシュ地点に戻ってきた。
「ラストやでー!ちぎれたらあかんでーー!もっとしっかり踏めー!」
どこのイタリアのおっさんの声援かと思ったら、
うちのかみさんだった。
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「Nさん!最後やで!もう一踏ん張りや!」
幾度となく前の二人に声をかけてもらったようだが、返事も返せなかった(らしい)
時折後ろを振り向くと、ヘルメットをうなだれ、ただ黙々とペダルを踏む私の姿があった(らしい)
「さあ!最後の頂上やで!」
ピークを過ぎた最初のヘアピン。 へろへろで登り切った私には一気に曲がる余力もなかったのか、 あわやガードレールに激突か?というような状態で、ようやくコーナーを曲がる。
数秒のロスだ。
「す、す、すんまへん」謝る声も蚊の鳴き声だった。
アベレージスピードは当初よりもかなり落ち込んでいた。
私のせいだ‥‥皆に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
そして、あいもかわらず怒濤のダウンヒル。
トンネルを抜け、金網トンネルも越え、プールの横、そして最後の上りだ。
「最後はみんなでスパートするで!」 リーダーの声に、3人でスパート!
うおーーーーっ!
最後の力を振り絞り猛ダッシュだ!
Sさんが叫ぶ。
「E氏談さん!速すぎ!速すぎ!」
残りのメンバーちぎってどうすんねん。 あわや全員失格(笑)
そしてゴール!
初めてレース後にぶっ倒れたのだった。
結果 2位。
トップに3分以上開けられての準優勝だが、私のロードレース歴に初めて華々しい1ページが加わったことは言うまでもない。
E氏談さんをして「災い」と言わしめたこのレースは、
私に初めての表彰台と、親の威厳と、メーカー小売り希望価格3980円のポンプを与えてくれたのだった。
(完)
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