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最近すっかりはまっているのが、このROAD RACERです。
| ■サイクルロードレース2001 in KOBE PORTISLAND 主 催・社団法人日本青少年育成協会 主 管・サイクルロードレース2001実行委員会 後 援・兵庫県、兵庫県教育委員会、神戸市、神戸市教育委員会 他 協 力・大阪府自転車競技連盟、兵庫県自転車競技連盟、京都府自転車競技連盟 日 時・2001年9月23日(日)〜24(月祝日) 会 場・神戸ポートアイランド特設コース -------------- 2001年9月23日 【2時間チームエンデューロ】 フルコース 1周(4.5km)を2時間で何周回れるかを競うレース 4人で交代しながら周回を重ねる。 出 走:35チーム 順 位: 6 位 チーム: EVERWINレーシングA 杉本 正樹 / 多田雅彦 / 江指哲也 / 中島 隆章 ラップ:19周 タイム:2時間6分19秒788 平均速度:36.1 km/h <魂のリレー!2時間チームエンデューロ!> 見事な秋晴れに恵まれたポートアイランド。 湿度も低く快適で、まさにロードレース日和である。 わがEVERWINチームから4名がこのレースに参加した。 レースの情報を聞くや「でよでよ」といつも乗り気のS師匠。 内灘レース以来、徐々に調子を上げてきたT田氏。 鈴鹿での屈辱の思い出を払拭するために立ち上がったびぎにー氏。 そして私である。 目標はあくまで優勝。賞金20000円だ!(笑) 第一走者はS師匠。 とりあえず集団を出来るだけ捕まえて周回を重ねてもらう作戦だ。 1周目を終えた時点で5番手あたりをキープ。 「さすが師匠、なかなかいけてるやん」 皆はS師匠の実力を改めて評価していた。 3周目にはいる。 師匠の様子がおかしい。 じょじょに集団からちぎれだしている。 まさか! このあたりで各チームとも選手交代が始まっていた。 当初5周くらい走ってもらうという作戦だったが、4周を終えて、急遽二番手T田氏に交代。 S師匠は自転車を降りると地面にぶっ倒れた。 「あ、あかんかったー、こんなにしんどいとは!あいつら速い!」 あいつら(失礼!)とは、強敵バ○バクラブである。 バ○バクラブは今回のレースに二チームでエントリーしていた。 常に2人で先頭交代するという作戦だったようだった。 果たしてその作戦は功を奏す。 第二走者への交代が始まった頃から、全体としての集団はほぼバラバラになり、各チームともペースが落ちだした。 唯一協力しペースを落とさなかったのはこのバ○バクラブだけだったのだ。 T田氏が2周を終える頃、ピットでは作戦参謀sarah氏を交えて急遽作戦会議が開かれていた。 「選手交代を出来るだけ速やかにして、2周ずつ思い切り走ろう」 ここまで集団がばらけると、個人TTとなんら変わりがない。 そうなると3周目に速度がだれる方が損と判断したのだ。 第三走者の私は、すぐに自転車を準備。 自転車の後ろを支えてもらってビンディングをはめ、T田氏の到着を待った。 「そろそろ来るで、交代の合図を送ってや!」sarah氏が叫ぶ。 T田氏が来た! 「交代やーっ!」皆が叫ぶ。 T田氏が手を挙げて応える。 「よし!Nさん準備いいか!?」 私はペダルに力を込める。 「きた!」 ‥‥ そしてT田氏はピット前を通り過ぎて3周目に入った。 T田氏には交代の合図が伝わっていなかった。 後にT田氏は述懐する。 「みんな、もう一周行けと叫んでると思った」 「闘志の空回りやなあ」 誰かがぽつりとつぶやいた。 ---------------- T田氏が3周目を終えて戻ってきた。 今度はS師匠が「無理矢理でも停めるわ」とコースをふさぐ。 T田氏のマシンからマジックテープのチップをはずして私の自転車に取り付ける。 「よっしゃ!いけーっ!」 sarah氏が私のお尻を力一杯押す! ‥‥審判が見ていたら、それはまさに違反の瞬間であった(爆笑) ![]() 良い子のみんなはまねしちゃだめだよ。(反則の決定的瞬間>笑) 一応説明しよう。 チームエンデューロのルールには、選手が交代する場合、走者と次の選手の二名のみで交代作業を行わなくてはならないとある。 ‥‥さて(笑) レースである。 皆の後押しを受けて勢いよく飛び出した私は、まず前方を行く5名程の集団に目を付けた。 ダッシュしてほどなく最後尾に追いつく。 「しばらくこれについていこ」 そう思ったが、200m程走るも、妙にペースが遅い。 いらいらしてきた私は、最後尾から 「おーい!先頭交代しながらペース上げようぜー!」と叫ぶ。 心なしか集団がビクッとしたように思えた。 すぐさま先頭が左へよける。 二番手が先頭へ出た。 なんと、そこでさらにスピードが落ちた。 おいおい頼むわ‥‥ しかたがない、一人で行くのは得策じゃないし、なんとか集団を連れて行った方がいいかも。 そう思った私は、最後尾から一気にトップに出た。 出しな、他の選手に 「今から僕が引くから、みんな付いてきてな!」と声をかけ、一気にダッシュ。 右コーナーを曲がり、100mほどですぐにまた右カーブ。 その時ちらりと後ろを確認する。 誰もいなかった‥‥ あっちゃー、結局個人TTか。 しばらく一人で黙々と走っていると、脚の合いそうな選手と合流した。 互いに目があった。 「いきますか」 「協力しましょか」 もう一チームと3名で隊列を組んで先頭交代を繰り返す。 スピードがぐんぐん上がる。 やはりエンデューロは複数チームで出るのが得策だと実感した瞬間だった。 2周目が終わろうかという頃、後方の選手が言った。 「エバーウインさん!交代する?」 私は、一瞬考えた。 このままこの3人でペースをキープした方がいいかもしれん。 しかし次の走者は、チーム屈指の脚力を誇る、びぎにー氏。 交代のロスも、彼なら挽回し、もう一度この集団を作れるはず。 「交代するわ!」私は後ろを走る選手にそう告げた。 「ほなら、後ろに下がってくれる?」 彼らに促され、じゃまにならないよう3番手に下がる。 そしてピットへ。 びぎにー氏が自転車にまたがり待ちかまえていた。 「頼む!びぎにさん!」 チップが交換された! 怒濤のごとくびぎにー氏が飛び出していく。 しかし、その時私は気が付いていなかったのだ。 彼の脚の毛が剃られていなかったことを‥‥ ------------ 「すね毛はやる気のバロメーター」 エバーウインレーシングチームでは、レース前にすね毛を剃らないと言うことを「レースする気無し」と断定する慣わしがあった。 あの大台ヶ原ヒルクライムレースでは店長が‥‥ そして今回‥‥。 鈴鹿での屈辱をはらすのが目的ではなかったのか!?びぎにー氏! T田氏がつぶやいた。 「びぎにーさん戻ってきませんね」 先ほど私と集団を形成していたチームの選手はとうにピットに戻ってきていた。 遅い‥‥ どうしたのだ? 時間が無情に過ぎていく。 その時、T田氏が叫んだ。 「びぎにーさん来ました!」 ピット前を通過していくびぎにー氏。 2周目に入った。 目一杯のダンシングだった。 「びぎにーさん、なんかへろへろですよ」 T田氏は信じられないとばかりに、びぎにー氏の後ろ姿を見送りながらつぶやいた。 皆がぶっちぎりで帰ってきてくれるはずと信じた彼の、まるで金剛山のトンネル前でするかのようなダンシングに目を疑ったのだ。 びぎにー氏はこう述懐する。 「喉に血の味がしましたわ」 このレースは登坂のような苦しいレースなのか? いや、冷静に考えると多分アップが足りてないのではないか? そう言えばレース前に、ローラーを準備しようかどうしようか迷っていたとき、S師匠とびぎにー氏はこう言っていた。 「何周か回る間にアップできるやろ」 これは理論的に正しいのだろうか?(笑) 答えは「否」だ! まさにびぎにー氏の喉に流れる血の味は、アップを十分にしなかったものだけが味わう「地獄の味」なのだった(爆笑) ----- びぎにー氏、地獄の2周目が終わり、続いてS師匠の二回目の出走。 今のところ、トータルラップ数は11周回。 この時、レースはすでに1時間を超えていた。 S師匠が出てしばらくして、参謀 sarah氏が一枚の紙切れを手にしてピットに戻ってきた。 それは1時間を経過した時点での順位表だった。 皆は沸き立った。 エバーウインチームは暫定第六位。 かろうじて入賞圏内をキープしていた。 前後の順位のチームを見る。 ゼッケン12番、ゼッケン15番。 ともに私が隊列を組んでいたチームだった。 参謀 sarah氏は言った。 「このチームをマークやな」 作戦は決まった。 6位入賞、あわよくばさらに順位を上げるのだ。 「それはそうとS師匠帰ってきませんね」 T田氏がつぶやいた。 一周6分〜6分30秒が大体のラップだ。 師匠が出走して、すでにかれこれ8分以上経っている。 皆の不安が一気に高まる。 10分経過‥‥ 12分経過。 まだ帰ってこない。 「転けたんやろか」 誰とはなく、そうつぶやいた。 13分あたりにさしかかろうとした時、S師匠が心配をよそにピットに帰って来た。 慌ててT田氏出走。 師匠は文句を言う 「一周目帰ってきた時、誰もピットにおらへんねん!」 そうか、我々がリザルトに沸き立っていたその時、S師匠は誰に励まされることなく二周目に向かっていたのだ。 申し訳ない‥‥(笑) S師匠は第一回目の出走の時とは違う達成感あふれる顔で言った。 「一回目のがええアップになって、二回目はよお走れたわー」 やっぱりアップが足らなかったのだ‥‥ ---------------- T田氏と交代し二回目のレースが始まった。 前回の様に、脚の合う選手を捜すが近辺にいない。 マークしていたチームは30秒ほど先にいることはわかっていた。 「間に合うか」 黙々とペダルを踏む。 折り返し地点に向かう途中、反対側をすでに折り返してきた一団があった。 マークしていたチームだ。 差はまだ30秒ちかくありそう。 やはり一人では集団に追いつけないということか。 二周目、この差をキープするのが精一杯。 そしてピットでびぎにー氏と交代する。 「頼んだ!びぎにーさん!」 見送った後ろ姿は、先ほどの彼の走りとはうってかわって力強いものだった。 「びぎにさんにも、いいアップになったようだ‥‥」 ビンディングをはずし自転車を降りながらそう思った。 実は私が出走する前、場内アナウンスで順位の途中結果が報告されていた。 エバーウインチームは暫定第八位。 なんと順位を落としていた。 「入賞は無理か‥‥」 「まあ、びぎにーさんに思い切り走ってもらって、あわよくば一人抜いて7位めざそか」 皆は落胆の色が隠せなかった。 びぎにー氏が一周を終えて戻ってくる。 2時間以内にスタートラインを超えればもう一周出来る。 速い! あきらかにさきほどのびぎにー氏とは違う! 「グリーンのジャージ(暫定7位)を抜かして!」 「死ぬ気で走れーっ!」 彼が通り過ぎる際に、皆はそう叫ぶ。 びぎにー氏は少し頷いたように見えた。 頼もしいびぎにー氏が帰ってきた。 もしかしたらいけるかも! 皆は急に期待に胸を膨らませた。 最終周回。 びぎにー氏は最後の大きなカーブで、前を走る数人を一気に抜かして堂々のゴール。 はじめての2時間チームエンデューロは終わった。 「多分7位やなー」 皆の予想はそうだった。 応援してくださった皆さんもお疲れさんでした。 あとは結果を待ちながら、びぎにー氏を中心にバーベキュー大会だ。 ビールもまわりだした頃、最終結果が分かった。 エバーウインチーム 第六位入賞! びぎにー氏の最後の追い上げは凄かったとしか言いようがない。 「自作自演」 自分でペースを落とし、最後は自分でペースを上げた。 そんな彼はレース後、今回を評してそう言っていた。 まさに彼の自作自演レースであったかも知れない。(爆笑) 秋晴れの下、人のレースにヤジ飛ばしながら気楽に飲む酒の、なんと旨い事よ。 完 ![]() これこそが表彰台の醍醐味!6位まで作ってくれ! -------------- (番外編)ブラックキッド 2001年9月24日 【キッズA 小学校1-2年の部】 ショートコース 1周(1.76km) 出 走:17名 順 位:5位 タイム:5分29秒006 平均速度:26.81 km/h <ブラックキッド無念の5位> 自転車のレースで上位に入ろうと思うと、テクニックや脚力、心肺機能の強さなどはさることながら、マシンの性能も馬鹿に出来ない。 今回、キッドが経験したレースはまさに、その事実をいやと言うほど彼の目の前に叩きつける結果となった。 キッドのマシンは20インチのマウンテンバイクに特注ホイルを履かせた特別仕様車である。 これまでの数々のレースでは、22インチ、24インチの大きなマシンをものともせず、立派に渡り合って好成績を残してきた。 特に彼が得意としたコースは、一気に20m以上登ろうかという登坂コースである。 そうしたコースでは、体重の軽さやホイルの軽量化などによって、これまで24インチのロード以外にはまさに無敵を誇っていた。(笑) 鈴鹿のレースでも3年生までが参加するレースで、彼の前を走るのは上級生の駆る24インチのロードしかなかった。 当然1年生ではダントツである。(親が言うのも手前味噌ですが>笑) ところが今回のコースは、完全なる平坦。一周1.75kmの短距離。 レースは序盤からスピードアップする。 彼の持ち味は、後半各選手がダレ出したときに、スピードを落とさず一気に抜き返すという、イーブンピッチ型の走行だ。 しかし、今回のこのコース。平坦な上に、昼過ぎまで吹いていた浜風がぴたりと止んでいた。 「凪」だった。 各選手ともスピードがダレない。 当然、体重のある選手達の方が、スピードにのりがある。 キッドは猛然と脚を回すが、先行する選手との差が縮まらない。 軽量選手の弱点がもろに出てしまった。 そして序盤についた差がそのまま残って5位でゴール。 「回しても回しても、前に近づかへんねん」 無念の言葉を残してのレース終了となった。 大体、20インチのマシンが24インチのマシンとの差をキープしたまま走ると言うことの方が、大人から見たら驚きなのだが‥‥。 ブラックキッド氏の今後のレースに注目したい。 ブラックキッドに励ましのお便りを送ろう。(難しい漢字は使わないでね)>>お便りはこちら
目にも止まらぬ回転でペダルを回すキッド。 完 >>戻る |